近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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クリント・イーストウッドの硫黄島二部作の第一弾『父親たちの星条旗』も公開となり、硫黄島に関する世間の関心も僅かがらですが、上がっているようです。また雑誌SAPIOでの栗林忠道師団長の最期に関する異説も、結構反響があるようです。そこで、重複を恐れずに、硫黄島にいた人々について書いてみます。

小笠原兵団戦闘序列
第109師団長栗林忠道(26) 昭19・5・27~北地区
後任     立花芳夫(25) 昭20・3・23~
参謀長堀 静一(29) 昭19・5・27~19・12・30
後任  高石 正(30) 昭19・12・30~
参謀(作戦)中根兼次(35) 
同 (情報)西川猛雄(36)
同 (築城)吉田紋三(43)
同 (後方)山内保武(47)
同 (輸送)堀江芳孝(48)父島
高級副官小元久米治在東京
司令部附大須賀 応(27) 昭19・12・16~

混成第1旅団長立花芳夫(25) 昭19・5・27~父島
独立歩兵第303大隊長安東九州男父島
独立歩兵第304大隊長中北 実父島
独立歩兵第305大隊長工藤文雄父島
独立歩兵第306大隊長吉岡直彦父島
独立歩兵第307大隊長加藤武宗父島
独立歩兵第308大隊長的場末男(45)父島
旅団工兵隊長山本将八父島

混成第2旅団長大須賀 応(27) 昭19・5・27~19・12・16
後任       千田貞季(26) 昭19・12・16~南地区
旅団司令部附厚地兼彦(23) 昭19・5・27~摺鉢山
         堀 静一(29) 昭19・12・30~
独立歩兵第309大隊長粟津勝太郎(54)南地区
独立歩兵第310大隊長岩谷為三郎南地区
独立歩兵第311大隊長芦田元一(53) 昭19・7・20~19・12・13
後任            辰巳祭夫 昭19・12・13~西地区
独立歩兵第312大隊長長田謙次郎摺鉢山
独立歩兵第314大隊長伯田義信(53)東地区
旅団砲兵隊長前田一雄
旅団工兵隊長武蔵野菊蔵南地区
旅団通信隊長小園二三夫
旅団野戦病院長野口 巖東地区

混成第1聯隊長政木 均(25)父島

歩兵第145聯隊長池田増雄(27)北地区

戦車第26聯隊長西 竹一(36)東地区

独立機関銃第1大隊長川南 洗西地区
独立機関銃第2大隊長川崎時雄南地区
独立速射砲第8大隊長清水 一
独立速射砲第9大隊長小久保蔵之助
独立速射砲第10大隊長松下久彦摺鉢山
独立速射砲第11大隊長野手保次
独立速射砲第12大隊長早内政雄
中迫撃第2大隊長中尾猶助西地区
中迫撃第3大隊長小林孝一郎東地区
独立臼砲第20大隊長水足光男西地区

重砲兵第9聯隊長大坪四郎(36)父島

独立混成第12聯隊長坂田善市(25)南鳥島
独立混成第17聯隊長飯田雄亮(28)父島
独立混成第17聯隊第3大隊長下間嘉市北地区

独立歩兵第274大隊長黒沢 繁母島
独立歩兵第275大隊長竹中直二兄島
独立歩兵第276大隊長岩谷 好母島

船舶工兵第17聯隊長相川順一郎(42)父島
以上約1万6千。()内の数字は陸士の期。

海軍は第27航空戦隊司令官市丸利之助少将以下約5千。

つづく。。。

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SAPIOという雑誌に、大野芳氏が栗林中将についての文を寄せておられた。ざっと立ち読みしただけだが、おやっと思うことがあった。大野氏の『オリンポスの使徒』や、氏がSAPIOの文中でしきりに引用していた堀江芳孝氏の『闘魂硫黄島』については、私も以前このブログ上で書いたことがある。

闘魂硫黄島
NHKスペシャル硫黄島・異聞

その中でも、降伏を持ち出した栗林忠道将軍が、中根兼次参謀に殺されたという話は紹介した。しかし私は、噂の根源である某下士官が、大野氏の取材に対し証言を断ったという点から、この話はどうも嘘臭いと判断していた。ところがSAPIOを読むと、この小田曹長は、実際は大野氏に対してある程度喋っているようだ。それによると小田氏は、水晶(発振機?)を取りに戻ったところで、中根参謀が「待て」と叫び栗林将軍の首を刎ねるのを見てしまったという。氏の態度からして、軽々しい気持ちで、あるいは戦後の反軍的風潮に乗って出鱈目を述べたというわけでは無さそうだ。これはひょっとするとひょっとするのかなあ・・・勿論、斬った人と斬られた人が、それぞれ中根参謀と栗林将軍であるという確証は無いわけだが。

ちなみに小林よしのり氏の漫画では、ユダヤ人問題に関連して、松岡洋右や東条英機樋口季一郎、犬塚惟重、安江仙弘らが取り上げられていたが、私的にはあんまり面白い話でもなかった。樋口中将に関しては、自伝を読むのが一番良い。中々達者な文章で面白い。芙蓉書房から再販されているようだ。又安江大佐に関しては、ご子息が本を出しておられる。



それにしてもつくづく、戦場の実相を知るというのは難しいと思った。

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硫黄島で散った男爵西竹一
ロスオリンピックでのひとコマ



栗林中将の指導はとにかく細かく厳しいものだったそうです。これはアメリカの力を知りすぎるほど知っていた故でしょう。中将は現状について甘い希望など一切持っていませんでした。

さて「バロン西、出てきなさい」という米軍の呼びかけは、文字通り”伝説”だったわけですが、栗林中将の最期にも異説があります。一般的にいわれている中将の最期は、最後の突撃の先頭に立ち、戦死もしくは自決というものです。しかしそうではなく、「もはや充分に戦った。降伏しよう」という栗林を高石参謀長と中根参謀が射殺し、その後2人も自決したという話です。この話の出所はどうやら独混第十七聯隊通信隊の某下士官であるようです。『オリンポスの使徒』の著者大野芳氏はこの下士官に話を聞こうとしましたが、この下士官は婉曲に証言を拒んだということです。

ところでこの番組に出ておられた大曲さんは、最期の乱戦において、一時西中佐と一緒に行動しておられた方です。お元気なのは何よりですね。しかし出てくる人が海軍ばかりなのは偶然でしょうか?

それにしてもNHKは相変わらずですね。今すぐ北朝鮮とか中国みたいな一党独裁国家に移っても、何の問題も無く適合できそうですね、この局は。


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闘魂硫黄島


著者は陸士48期。船舶参謀として、陸軍軍人でありながら海上護衛隊に勤務し、大井中佐らと机を並べていた人物だけに、本書序盤では、その頃の話にページを割いている。船舶司令官として著者の上司であった鈴木宗作中将の直話など、興味深い。

その後、東條の逆鱗に触れてサイパンにとばされる塚本清彦少佐と共に第三十一軍に赴任するはずが、飛行機に乗り損ね、取り残される。長勇少将と、サイパン奪回計画を練るよう命じられるが、これも中止となり、小笠原の第百九師団参謀を命ぜられた。

硫黄島で初めて会った栗林忠道中将は、陸大出の著者を気に入り、二人の間ではかなり込み入った話がなされる。が、日本の将来を悲観しながらも、鉄の意志で地下要塞をつくり米軍の足止めをと考える中将と、そこまでの情勢認識の無い他の参謀の間はしっくりいかない。結局参謀長以下更迭となり、後任に、歩兵戦術の大家である高石参謀長、中根参謀、千田旅団長がやってきて、中将を補佐し、あの激戦を貫徹せしめた。

著者は、硫黄島への輸送業務のため、父島に留まっており、命を拾う。著者が描く栗林中将、西中佐をはじめとした陸海軍軍人の横顔は、なかなか貴重である。本書には著者の回想の他に、実際に硫黄島で戦い捕虜となった工兵隊長の手記なども収録されている。

ちなみに、著者はぼかして書いているが、父島でも大事件があったのだ。有名な人肉食事件である。立花芳夫旅団長以下数名の将校がB級戦犯として処刑されたこの事件、著者はむしろ米軍捕虜をかばった(自分の英語教師にすることで助けようとした)ことで起訴を免れ、その縁からか、戦後、在日米空軍に勤務する傍ら、メリーランド大学極東部で教鞭を振るった。




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散るぞ悲しき 硫黄島 硫黄島新装版 硫黄島の星条旗 「玉砕総指揮官」の絵手紙
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