近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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前回

さて安直戦争から時間は少し遡る大正7年7月、富山県魚津市を火元に米騒動が起こった。末松太平は後に、西田税や大岸頼義が国家改造運動を企てたことの根本は米騒動と関東大震災だと云ったそうだ。西田はこの年、広島から東京の中央幼年学校に進んだ。大岸は広島で西田の一つ下で、共に秀才(西田はトップ、大岸は4番で卒業)。二人はその頃から親しくしていたという。

同年10月、老壮会は誕生した。世話人は満川亀太郎。会自身は一定の方針を持たず、意見の交換を目的としたものであったという。左右にウィングを広げた多彩なメンバーが集まっていた。これは満川の人柄にもよるだろう。『現代史資料4』によればその顔触れは次の如く。

大井憲太郎  大川周明   満川亀太郎
中野正剛   高畠素之   北原竜雄
遠藤無水   畠中雄三   石田友治
下中弥三郎  山元亀次郎  鹿子木員信
沼波瓊音   渥美 勝   笠木良明
島野三郎   岩田富美夫  長谷川光太郎
細井 肇   田鍋安之助  伊達順之助
大竹博吉   上泉徳弥   金内良輔
平 貞蔵   小原達明   小栗慶太郎
川島清治   高尾平兵衛  佃 信夫
長崎 武   臼井清造   角田清彦
野中 貞   草間八十雄  山口正憲
長瀬鳳輔   中村高一   工藤鉄三郎
松延繁次   麓 禎助   権藤成卿
阿部真言   佐藤鋼次郎

後に国家革新運動など各方面で指導者となった人々がぞろぞろいる。しかし前述のように、この会自体は具体的な活動を行っていない。凄い面子であるが、私自身まだつかみきれてない部分が多い。これを機に勉強したい。

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