近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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伊藤智永『奇をてらわず 陸軍省高級副官 美山要蔵の昭和』講談社

南進か北進かの問題において、美山は南進論を取った。彼は①できれば日ソ中立条約は破りたくない②ソ連の極東方面の兵備は以前固く、ノモンハンの二の舞になる③兵站線が延びすぎる④油が無いという内容の意見書を出した。そのとき彼は関東軍参謀であった。

美山は、民間人ながら熱心に南進論を唱えた人物を挙げている。一人は浄土真宗本願寺派の大谷光瑞。彼はたびたび大本営に現れて南進論を説いた。そのたびに参謀総長宮以下参謀は食堂に集まって、彼が世界地図を指しながら熱弁をふるうのを聞かされた。美山は大谷のことを「風変わりな坊主」と書いている。

もう一人は企画院の迫水久常。彼もまた非常な馬力で南進論を唱え、三日にあげず大本営を訪れては、壁に用意した図表を掛け、

「軍の作戦が有効に進展し、南方から内地への物資輸入が確保される限り、たとえ世界大戦に至っても、経済財政上の心配は要らない」

と豪語していたという。そんな彼が戦後は口をぬぐって平和主義者面しているのが、直情な美山には気に食わない。

「吾人が最も不可解とする点は、彼迫水が終戦内閣の書記官長であったとは言いながら、今になって戦争反対であったかの如き口吻を弄し、岳父岡田啓介を始め海軍首脳と結託して、戦争犯罪を陸軍にのみ押し付け、自らは反戦終戦処理の第一人者の如き顔ををなし居る点であって、頗る摩訶不思議と申さざるを得ない」

と書いている。

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