近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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前記の山西残留問題における日本側の最高責任者は第1軍司令官の澄田中将だが、その次にくるのは第114師団長の三浦三郎中将となる。三浦は数少ない(唯一?)憲兵出身の師団長であるが、河本大作による残留将校の区分によれば、彼は利権派であり、実際帰れるチャンスをつかむとさっさと帰国している。

遠藤三郎は戦後、軍備の撤廃や中共政府との国交樹立を訴えてまわったため、元軍人のみならず多くの人の憤激を買った。山口県での遠藤の講演を聴いた三浦もその一人で、郷友会の機関誌に、その講演の内容を歪曲した記事を載せた。

辻政信は、遠藤と片山哲が中共から4千万円を受領したと吹聴してまわった。そして遠藤に抗議されると「渡されたと言ったが、閣下が受け取ったとはいっておりません。したがって訂正の要は認めません」と言い逃れた。

MSA協定批准に関する公聴会に、先輩の酒井鎬次と一緒に呼ばれた時、批准賛成の酒井に対し、遠藤は軍備は国を守るよりも戦争の導火線になりやすいし、日本のような国は軍備では絶対に国防は不可能であるのみならず、中ソとの軍備拡張競争を激化せしむるとして、反対意見を述べた。

衆院予算委員会の公聴会では世界連邦論、自衛隊無用論をとうとうとぶちまくり、それに元スペイン公使の須磨弥吉郎が真空論で噛み付くという、戦中とは逆の珍現象も起こった。

同期生会である二六会は、遠藤への弾劾文への賛意を集めるアンケートを行った。親友の満井佐吉からおかしなアンケートが回ってきたと通報を受けた遠藤は、幹事の元を訪れて抗議したが、結局同期会への出席は取りやめ、退会者という扱いとなった。26期ではほかにも、モンスターと呼ばれた田中隆吉が同期の多くから義絶されている。

今村均は遠藤の中国訪問に反対であり、ソ連はもうすぐ潰れるんだから、中国なんか行ってもしょうがないと、中国行きの断念を薦めた。しかし人間が出来ており、遠藤が戦犯将官の遺骨を持ち帰ってくると、わざわざ空港までこれを出迎え、感謝を述べている。
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