近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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尾家陸軍大佐は陸士28期。独立歩兵第174大隊長(第102師団隷下)としてネグロス島の守備に当たっており、現時住民虐殺の責任を問われて銃殺刑の判決を受け巣鴨に移送されてきた。55歳の老大佐であった。花山師は、A級の7人全員に、尾家大佐の遺書を読み聞かせた。広田を除く6人の陸軍軍人は(恐らく誰一人彼のことを知ってはいなかったと思うが)、花山の期待通り、いずれもこの遺書に感銘を受けたらしい。言い方は悪いが、尾家大佐の遺書は、教誨師花山にとっても”自信作”、”成功作”であった。ちなみに大佐の遺書は『世紀の遺書』で読んでいるが、愚鈍な私は花山師が感じたほどのものは感じ取れなかった。

大佐にとっての痛恨事は、部下から死刑囚を出したことであった。熊本出身の少尉は、捕虜にしたフィリピン人を殺害したという罪で、カンルバン収容所で絞首刑となった。命令したのは尾家大佐であった。

 絞首刑台にのぼる前、少尉は刑場にはりめぐらされた金網にしがみつき、はなれた房にいる隊長よ聞け、とばかりに絶叫した。
「隊長殿ッ、助けてください。私は隊長殿の命令にしたがったまでではないですか。どうして私が死刑にならないといけないんですが。なぜです、なぜなんですか!お願いですッ。助けて!隊長殿、助けてください」
 彼は、恥も外聞もなく泣いて叫び、金網から手をはなそうとしなかった。
 五人の兵隊が彼をかかえこんで、網にからみついた指をとこうとしたがとけず、指を切断して死刑階段をのぼらせたといわれている。
 尾家は、そのことをわきまえている。

巣鴨に移送された後、尾家は「私は部下の責任をとってやれなかった」と同房の人に述懐している。

「死することは帰するがごとしですなあ」

そういって尾家は刑場へ向かうバスへ乗った。刑場への途上、隣に座った花山は尾家が居眠りをしているのに気付き驚いた。「まさか」、あるいは陸軍大佐としての名利を得んがための擬態ではないか、そう思って軽くゆすったが、彼はゆれるに任せて寝息を立てている。バスが刑場に近付いたので、今度ははっきりと揺すぶって起こした。

「ねむられていましたね」
「はあ」
 彼は、自分でも意外だったというように、あいまいにうなずいて、それから念仏をとなえはじめていた。

刑場の手前で、差し出された教誨師の手を固く握り返し、尾家大佐はしっかりとした足取りで刑場に入っていった。巣鴨で唯一の銃殺刑であった。
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