近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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大山柏『金星の追憶』

当時陸大兵学教官で最も口の悪い工兵出身の高○中佐(十七期)がいた。この人は頭が余りにも鋭ど過ぎて剃刀の様で、常に辛辣な批判をするので往々誤解を受け、為に有為の材を持ちながら陸軍生活も短命に終った人であり、「口は禍の元」を地でいった人である。しかし不思議なことには私とは別懇の間柄で、今以て(昭和三十八年)尚音信を通じ、同氏の居所を十七期会に通報したのも私なのである。
 さて私が殿下に御供しているときは、よく金武官と並んで歩く。すると例の高○中佐、何んでこれを見逃そう。私共が行遇った途端に大声で私に向い「銀武官!」ときた。並みいる連中ドット笑う。なる程にわか分限の御附きだから、本職の金武官に対し銀武官は誠に当意即妙。いや皆んなが悦ぶのなんの。それからは皆んなで私を銀武官と渾名してしまった。だが殿下だけは全く御存知なかった。

今その場所をハッキリ記憶していない。恐らく富山近所だったかと思う。在郷軍人会の面々が殿下に御手植の御願にきた。担任教官(香月中佐と記憶する)と交渉、これは私がした結果、某月某日昼食休憩時に行われることになった。その日がきた。私が丁度折悪く殿下の御側にいた時だった。在郷軍人分会長の中尉殿、直立不動の姿勢も厳格且つ大声に「銀武官殿! 御手植の準備が完了しました」ときた。これには殿下御自身が余程驚かれたらしく、私が未だ嘗て聞いたことがない怒声を以て「ここにおられる方は銀武官ではありません。大山大尉です」で、気の毒したのは分会長、目を白黒している。彼氏は私を銀と堅く信じ、何んの疑もなかったのだ。

著者は大山元帥の跡取りで母は山川捨松。文中の殿下は王世子李垠殿下のことであり、金武官というのが、宇都宮太郎に育まれた金吾こと金応善である。というわけで、ぼつぼつ宇都宮日記第三巻に取り掛かりたい。
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