近衛読書中隊

挙措において簡素 言語において細心 熱狂において慎重 絶望において堅忍  

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「千万人といえどもわれ往かん」という言葉が好きなのですが、出典も良く知らず、「千万人」のところも幾千万とか百万とかあやふやなので、ちょっと検索してみました。
http://www.sanabo.com/kotowaza/arc/2003/08/post_1635.html
なるほど、孟子ですか。ということで徳間書店『中国の思想 第3巻 孟子』を繰ってみると、確かにありました。

自反而不縮 雖褐寛博 吾不惴焉
(自ら反みて縮からずんば、褐寛博といえども、われ惴れざらんや)
自反而縮 雖千萬人 吾往矣
(自から反みて縮ければ、千万人といえどもわれ往かん)

弟子の公孫丑と孟子の会話より、先生でも動揺することがありますかという公孫丑に対し、いや40越えてからは動揺しなくなったよ、という孟子。どうすればそうなれますかと聞く公孫丑に、孟子はいくつかの例を示す。そのうちの一つ、曾子が弟子の子襄にいった言葉。

『おまえは勇者になりたいか。いつかわたしの先生(孔子)から大勇についてうかがったことがある。
それによると、わが身を反省して、やましいことがあれば、たとい相手が賎民でもひるんでしまう。
しかし正しいと確信できれば、相手が千万人であろうと、ぶつかってゆく。これが本当の勇気だ』

ちなみに「浩然の気を養う」という言葉も、このやりとりから生まれたんですねえ。軍人の書いた本を読んでいると、浩然の気を養うといって芸者と遊ぶ様が良く出てきます。勿論本来の使い方ではおまへん。
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