近衛読書中隊

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12月17日の朝日新聞朝刊、社会面に面白い記事が出ていた。以下はasahi.comからの転載。

映画「ラストエンペラー」で知られる中国清朝の最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の自伝「我的前半生(わが半生)」が、大幅に加筆した完全版として来年1月に出版されることになった。極東国際軍事裁判(東京裁判)での自らの偽証を明確に謝罪し、日本軍と満州国との連絡役を務めた関東軍将校の吉岡安直に罪をなすりつけたと後に反省したことなど、これまでの1964年版では削除・修正されていた部分が盛り込まれ、自己批判色の強い内容となっている。

 溥儀は遼寧省撫順にある戦犯管理所に収容中の57年から自らの罪を語る形で「わが罪悪の半生」の執筆を開始。「わが半生」はこれをもとに、中国当局や専門家が内容を削除・修正し、64年に出版された。すでに187万部近くに上り、日本語訳も出ている。今回出版されるのは、当時削除された16万字近い内容を加えるなどしたものだ。

 東京裁判では、溥儀が日本の傀儡(かいらい)政権「満州国」の執政に就任したことについて、日本人戦犯の弁護側が「自発的だったのではないか」と主張し、その証拠として溥儀が南次郎陸相(当時)にあてた「宣統帝親書」を示した。裁判に証人として出廷した溥儀はこれを「偽造だ」と否定した。

 完全版では、うそをついたために日本の行為の徹底的な解明を妨げたと認めて「私の心は今、彼(キーナン検事)に対するおわびの気持ちでいっぱいだ」と明確に謝罪している。64年版では「証言を思い出すと非常に遺憾」となっていた。

 また45年のソ連軍進攻の際、日本軍への支援を満州国閣僚らに命じたことについて「すべてを関東軍と吉岡のせいであるかのようにしたが、事実はすべて私が自発的に行ったことだった。法令でも命令でも私が自発的にやらなければ、考えられないものだ」と告白している。中国政府による戦後の尋問でも、当初は、「(中国)政府をだました」という。

 64年版でも満州国「皇室御用掛」だった吉岡への責任転嫁について触れていたが、完全版は命令に対する自らの関与を直接認め、強く反省する形になっている。

後略

http://www.asahi.com/international/update/1217/001.html




そんなこと今更言われなくても分かってるアルヨ!と言いたくなる話だが、とりあえず本人が書いたものであり、また中共が公表を許したものであるというのは大きい。戦後、溥儀はありとあらゆる物語にされた。悲劇の主人公であったり無気力な傀儡であったり、その描かれ方はまちまちだ。しかしそれらの物語にも共通項がある。それは悪逆無道な関東軍将校の描写である。特にその象徴的存在として使われる吉岡安直の描かれ方は気の毒なばかりだ。其の原因は溥儀の東京裁判での証言とこの回想録に拠る。勿論日本軍の威光を笠に満洲人に対して酷い態度をとった人間は軍民問わず多い。はっきり言って多数派だろう。吉岡にしても威圧的な態度をとったり謀略をめぐらせたりしているかもしれない。しかしこと彼と溥儀の関係だけは、そんな単純に割り切れるものではない。吉岡と溥儀の出会いは、まだ吉岡が少佐で支那駐屯軍参謀として天津にいたときに始まる。満洲事変の後、溥儀が満洲国執政となると、吉岡はその側近に選ばれ、以降ソ連軍に捕らえられるまで、溥儀の側をほぼ離れなかった。其の間に吉岡は中佐から中将にまで進級していた。現役の軍人が一つところにこんなにも長くいる例はあまりない。敢えて言うなら青木宣純坂西利八郎がそれにあたるだろうか。陸軍省の方でも吉岡を他の職に転任させようという動きはあったし、吉岡自身も部隊長への転出を望んでいた。しかし皇帝が、「吉岡を離したくない」と、それを許さなかったのである。吉岡未亡人の話によると、彼が病気などで休むと、皇帝は自ら見舞いの電話をかけてきたそうだ。電話に出た女中は大変恐縮したという。それはそうだろう。

ところがソ連軍に囚われ、東京裁判の証人に仕立て上げられると、ころっと手のひらを返し、吉岡を初めとした事情を知る人間が出廷できないことを良いことに、或ること無いこと証言した。ソ連に連行された吉岡は昭和24年に病死。誰がどう考えてもおかしい内容であっても、反論できるものがいないというもどかしい状況で、このまま歴史となるかと思われたが、何のことは無い、本人がとっくの昔に自白してるわけだ。これで吉岡中将の最低限の名誉は回復されるのではないかと思う。

それにしてもである。中共が内容に手を入れたり、削除したりするのは、それは彼等の自由である。溥儀の苦しい立場も理解できる。しかしこれだけ言わされた感、書かされた感があるものを、無批判に受け入れありがたがる人々は、ホントに幸せな人たちだ。つくづくうらやましい。

追記
ソ連軍進攻の際、日本軍への支援を命じることは、中共の視点では勿論悪であるが、朝日新聞的にはどうなのか興味あるなあ。今日の朝刊でドイツの戦争被害(強制移住)問題について特集していただけに、余計に。まあ普通に考えれば、悪なんだろうなあ。下手な抵抗をしたから余計に被害が増えたとでも言うかな?ここまでくると左右以前に人間性の問題だな。

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溥儀といえば、数年前の「知ってるつもり」
を思い出しますね。この番組では、東京裁判での彼の証言を事実であったかのように放送していた。「プライド」「二つの祖国」では、偽証の可能性高しとしていた。
これで、「知ってるつもり」の偏向がはっきりしました。
中共は、なぜ、今頃になって溥儀の自伝を追加発表するのかな。

2007.01.27 08:00 URL | 犬たかし #- [ 編集 ]

どっちもどっちですね。
最近吹き荒れる東條再評価の流れも結構ひどいですから。

2007.01.27 19:21 URL | 槍栗中尉 #su7LfdQk [ 編集 ]













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